数百年尊崇する仏の里で中里介山、理想郷を構想~軍畑駅前の顔
登山客であふれる高水山の玄関口 週末の青梅線軍畑(いくさばた)駅。午前8時台から9時台のホームは、電車から吐き出された登山客であふれ、改札口に行列ができる。奥多摩エリアの名峰の一つとして知られる高水山
登山客であふれる高水山の玄関口 週末の青梅線軍畑(いくさばた)駅。午前8時台から9時台のホームは、電車から吐き出された登山客であふれ、改札口に行列ができる。奥多摩エリアの名峰の一つとして知られる高水山
青梅市の山中にある「迷い子石」 青梅市の山中にある迷い子石 山中の森の中にある「おにぎり岩」と「こんにゃく岩」は、何処から来たのか? 本来であれば、「自然状態では絶対にその位置に存在することが無い石
今回は多摩地域の「湖沼」を眺めてみたいと思います。湖沼というと普通は自然地形としての湖や池、沼を言うのでしょうが、多摩には残念ながら自然の湖沼は少ないので、ここでは自然地形だけでなく、人工的なものも含
豊田駅 2月22日中央線豊田駅開業の日。121年前の明治34年(1901)、日野町の河野清助の日記には、金曜日。午後ヨリ北風フク、甲武鉄道開業、花火アリ。と記されている。今年を西暦で20220222、
多摩地域で馴染のある多摩川の堰に羽村取水堰と小作取水堰がある。国土交通省 京浜河川事務所の広報によると、これら2つの堰の他に、多摩川水系の保全区域には下流から上流に向かって調布取水堰、ニヶ領宿河原堰、
青梅宿の性格と特徴 江戸から青梅を通って、甲府盆地へ向かう道が旧青梅街道である。旧青梅街道は江戸時代初めの頃は、成木の石灰を江戸城建築用に運搬するために開かれた道で、成木と江戸を結ぶ道であったので「成
今回は地図記号の話です。次の地図記号について見ていきます。 神社やお寺などの地図記号と違ってあまり見かけることもなく、ほとんど知られていない記号かと思います。 この地図記号の分布 確かに神社・仏閣のよ
12月の中頃にもなると、今年はどんな年だったかなと思う。来年こそは良い年にと思われる方が多いのではないだろうか。私もその一人、せめて今年の締めくくりに気分をリフレッシュさせ来年に向かいたいものだ。そこ
令和3年の歳末が近いいまは、昨年末に新型コロナウイルス感染が急拡大して萎縮し続けていたのと気持ちの持ち方が違う。新たに変異したオミクロン株の濃厚接触者がジワリじわりと増えつつあるが、一年を振り返える気
今回は、2021年10月30日に開催された第21回多摩めぐり「将門伝説を秘めた奥多摩鳩ノ巣に渓谷と白丸調整池ダムの魚道を訪ねる」において、ガイドの菊池氏から紹介されたエピソードについて、ちょっと深掘り
今年の文化勲章受章者に長嶋茂雄氏が選ばれた、スポーツ界からは3人目(平沼亮三1955年、古橋広之進2008年)の受賞者となった。長嶋と言えばジャイアンツ。巨人軍多摩川グラウンドで練習する選手の新聞ニュ
青梅線日向和田駅に降り立った。春到来を告げる花、梅の郷・吉野梅郷の玄関口だ。万葉人が詩歌に詠み込んだ梅は、人の温もりに恋い焦がれた胸の内を表すロマンあふれるものが多い。青梅から蔓延したウメ輪紋ウイルス
三鷹市の南方で、市内をほぼ南北に流れる仙川と東西方向に走る中央自動車道の交点付近にビルが立ち並ぶ新川団地が建っている。 新川団地が建っている地域一帯は小高い台地の地形を成しており、かつて島屋敷と呼ばれ
江戸の大泥棒(義賊?)といえば、鼠小僧次郎吉、寛政9年(1797)~天保3年(1832)は、江戸時代後期の盗賊。本名は次郎吉(じろきち)。 本業は鳶職であったといわれる。大名屋敷だけを狙って盗みに入り
西東京市の「田無」の地名は、そこは水利の不便な武蔵野台地上にあって田んぼがないから「田無」なのだ、と一般に言われています。「田無市史」(合併して西東京市になる前の1995年に発行)においても次のように