青梅宿の石仏を巡る

青梅宿の神社仏閣にある石仏を紹介します。石仏に興味のある方は巡ってみては如何でしょうか!

 

巡るコースと地図

JR東青梅駅→1.乗願寺→2.宗徳寺→3.住吉神社→4.梅岩寺→5.金剛寺→6.天ヶ瀬運道広場→7.清宝院→8.常保寺→9.宗建寺→10.石橋供養塔→11.延命寺→JR青梅駅

 

1,乗願寺(時宗・勝沼山 開山・他阿信教上人)

寺の前庭には、六地蔵・嘉永2年(1840)が建てられている。一石に3体ずつ2段にお地蔵さまが並び、左側面には「施主・徳左衛門」の銘が刻まれている。一石に六地蔵を刻んだものは数少ない。(場所が分かりにくいので訪ねた時は住職に声をかけて拝観させて頂くとよい))

このほか、境内には庚申塔・文化5年(1808年)や地蔵菩薩・宝暦5年(1755)、天保3年(1832)造立などの石仏がある。

乗願寺本堂

六地蔵

2,宗徳寺(臨済宗・妙見山 開山・華芳峰)

墓地の入口には、丸彫六地蔵、天保15年(1844)造立がある。ブロックの祠の中に安置されており、台石には、それぞれのお地蔵様の名前が彫り込まれている。

ここには他に、地蔵菩薩・安政6年(1859)や馬頭観音・安政6年(1859)造立がある。

宗徳寺本堂

丸彫六地蔵

3,住吉神社

神社境内の石段東横にある八坂神社前には、猿田彦大明神(造立年不明)が祀られている。

猿田彦・・・道案内の神であることから道祖神とも集合し、猿が申に通じることから庚申の本尊として用いられている。しかし、庚申信仰の主尊として広く祀られるようになったのが江戸時代末期(天保以降)であるため、数が大変少なく、特に刻像塔は多摩地方で2基を数えるのみである。

住吉神社社殿

猿田彦

4,梅岩寺(真言宗豊山派・竜光山能満院 開山・寛朝)

境内には北向き地蔵・天明5年(1785)、丸彫六地蔵・昭和4年(1929)、千部供養塔・延享元年(1744)、文化9年(1812)、大正5年(1916)、聖観音(不明)、七観音・文化14年(1817)、造立など、沢山の石仏がある。そのうち文化14年の七観音は「普門品(ふもんぼん)十五萬巻」と正面に刻まれた供養塔(角柱)の上に敷茄子(しきなす)を置き、さらにその上に請花と間弁を刻んで七観音の座造を配したものである。

この寺は、枝垂桜でも有名であり桜の時期に訪ねるのも一見の価値が有る。

梅岩寺本堂

七観音

枝垂桜

5,金剛寺(真言宗豊山派・青梅山無量寿院 中興開山・頼遍上人)

「青梅」の地名の始まりという伝説の梅の木がある金剛寺には、中庭や墓地に多くの石仏が建てられている。代表的なものとして、庚申塔(青面金剛刻像)・元文3年(1738)、地蔵菩薩・天保4年(1833)、来迎印立像の阿弥陀如来、智拳印を結ぶ金剛界の大日如来、仏足石などがある。

この寺は、梅岩寺の枝垂桜と兄弟と言われている枝垂桜があり桜の時期に訪ねるのも一見の価値が有る。また、秋になっても青いままの梅の実の生る木も見ものだ。

金剛寺本堂

 

庚申塔(青面金剛刻像)

伝説の青梅(あおうめ)

6,天ケ瀬運動広場脇

天ケ瀬運動広場脇には、2基の庚申塔が並んでいる。向かって右が青面金剛(刻像塔)・明和3年(1766)、左が文字塔・「文政二屠維単閼九月日」と刻まれていますが、「屠維(とい)」は「己」の、また「単閼(たんえん)」は「卯」の異名である。

 

7,清宝院(真言宗醍醐派・青柳山 創立は不明)

境内にある毘沙門天像は、安政2年(1855)に造られた浮彫り立像で、右手に三叉棒、左手に宝塔を捧げた二手の武装像で、尼藍婆(にらんば)、毘藍婆(びらんば)という二邪鬼の上に立っている。下部の左右には吉祥天とゼンニン童子を両脇侍としている。

その横には、「毘沙門天」と彫られた大正3年(1914)の文字塔や、不動・役の行者・理源大師を陰刻した明治41年(1908)の石仏も並んでいる。

清宝院本堂

毘沙門天像

8,常保寺(臨済宗・瀑布山 開山・吹峯宗蔭)

門前には六手座像の如意輪観音・文化13年(1816)があり、境内には、青面金剛刻像塔・宝永6年(1709)、千部供養塔・明和4年(1707)、寛政11年(1799)

馬頭観音・慶応3年(1867)、阿弥陀如来(不明)、倶利伽羅不動(不明)、馬頭観音・大正14年(1925)など、多くの石仏がある。

常保寺本堂

如意輪観音

9,宗建寺(臨済宗・仙桃山 開山・一蓮社堯誉上人)

境内の池の傍らにある青面金剛(庚申さん)は、文化9年(1812)造立の剣人六手像だ。細工も良く、非常に凝った作品で、塔形も庚申塔しては全国的に見ても類例をみない程のもので、台石の三猿は、烏帽子をかぶり、狩衣を着て手には扇子をもっている。

この他寺域には、聖観音・享保6年(1798)、丸彫六地蔵・寛政10年(1798)

千部供養塔・延享3年(1746)、廻国供養塔・宝暦9年(1759)、地蔵尊・享保8年(1723)、享保8年(1723)、元文5年(1740)、そして定印座像の阿弥陀如来がある。また、江戸時代の大泥棒(義賊?)の裏宿七兵衛の墓が有る。

宗建寺本堂

青面金剛

裏宿七兵衛の墓

10,石橋供養塔

延命寺の手前の道傍にある石橋供養塔は、安政2年(1855)造立であり、多摩川の自然石で造られている。朽ちやすい木の橋を石橋に変え、安心していつでも橋を渡れるようになった喜びからその橋の供養の印しとして建てられた。

石橋

 

11,延命寺(臨済宗・住吉山 開山・季竜元筍)

延命寺の代表的な石仏としては、丸彫六地蔵・文政3年(1820)と乾闥婆立像がある。乾闥婆は左手に三叉戟(げき)を持つ、丸彫りの二手立像である。普通は獅子冠を着た武装天部形で表されたものが多く像冠を戴(いただ)いている姿は珍しい。

乾闥婆(げんだつば)・・・正しくは栴壇乾闥婆(せんだんけんだつば)という。帝釈天の雅楽を司る神といわれ、八部衆の一つとされている。密教では神王と呼ばれて、胎児や小児の守護の役目を果たしている。本堂内に保管されているため、訪ねた時は住職に声を掛けて拝観させて頂くとよい。

延命寺本堂

丸彫六地蔵

栴檀乾闥婆

 

 

 

 

※参考資料

★青梅を歩く本(青梅市教育委員会 編)