「ガード下」の風景

以前、通りがかったバス停の表示板から「「境」がいっぱい」というブログを書きましたが(2022.6.13)、今回も散歩でときどき出掛ける道筋に立っているバス停の名前に関連したブログを書きます。

そのバス停の名前は「ガード下」(関東バス)です。次がその写真です。

青梅街道沿いの「ガード下」バス停から西武新宿線を東から西に見ている

場所は青梅街道西武新宿線が交差する所で、住所は西東京市南町1丁目になります。
ちょうど石神井川が近くを流れており青梅街道がその谷部分へ下りつつあるところで西武新宿線と交差する位置関係ですので、西武新宿線は盛土をして青梅街道を跨ぐ構造になっていることからガードが架かっているというわけです。

上の写真の逆向きに西から東を見ている。ガード下には何もない。

さて、この「ガード下」というバス停ですが、私はちょっと違和感を覚えてしまうのです。
そもそもバス停の名前で「ガード下」という例はあまり見かけることがありません。そして、その場所は「ガード下」という言葉が醸し出すイメージとは随分ギャップを感じてしまうためです。

私が頭に描く「ガード下」のイメージは、
①(ちょっと古すぎるかもしれませんが)日本が戦後の復興を始めた頃に「ガード下の靴磨き」(昭和30年、宮城まり子)という歌が流行って、そこで描き出していたような、靴磨きがガード下で雨と日射を避けて道行く人の靴を磨いている風景。
②それから時代は下って高度経済成長以降において、仕事を終えたサラリーマン達が通勤電車で家路につく前に赤ちょうちんや縄のれんのぶら下がるガード下の店に入ってちょっとやる風景。
①や②の風景が私の頭に浮かんでくる「ガード下」なのです。

田舎育ちの私には「ガード下の靴磨き」の歌の世界を実際に目にするということはありませんでしたが、後者は社会人になってから私自身も体験しておりその空気を思い出すことができます。
下の写真は私がよく立ち寄った「ガード下」の現在の様子です。今風にこぎれいに様変わりしていましたが、まあ、こんな風景が私の「ガード下」です。

有楽町駅近くの「ガード下」(みゆき通りとの交差部)

しかし、冒頭の「ガード下」バス停の所には何もないのです。人通りもほとんどありません。車が行き交うだけの殺風景な線路下の空間です。

「ガード」とは

私の勝手な思い込みは脇に置いて、「ガード下」をもうちょっと整理してみます。
まず、「ガード」という言葉について調べてみると、元の英語は
girder(ガーダー):高架線路を支える桁(けた)、もしくは道路を跨いで架け渡した鉄道線路の通る橋
とのことで、何かを「守る、防御する」という「guard」ではありませんでした。
ですから「ガード下」バス停の命名は、その状況からしておかしくもなんともないのです。
(別の命名はなかったんだろうかという気持ちは湧いてくるのですが。)

国土地理院の地図上では「ガード」は2つのパターンで示されています。
(A)鉄道の下を道路が交差するところ
(B)鉄道が高架になっているところ

(A)は地図では次のように表示されます。

この図は上記の「ガード下」バス停のある所

鉄道を道路の上を通すための橋桁を線路の両脇に線分で表しています。
「ガード下の靴磨き」の場所はこのような場所としてイメージされます。

(B)は次のように表示されます。

高架になった国立駅の両側の部分

線路に平行する直線で桁を表し、点でそれを支える橋脚を表しており(実際の橋脚の場所は点で示された場所ではなく、デザインとしての点)、軌道がそこに乗って高架状になっていることを示しています。
このような形状ですと「ガード下」には違いないですが、むしろ「高架下」という言葉がしっくりしているかもしれません。
なお、今回「ガード下」を幾つか見て回ったところ、国土地理院の地図への記載においては、高架の端の位置は正確に表示されていることを知りました。(高架の幅は正確ではありません)
上記の有楽町のガード下の写真は、(A)と(B)の組み合わせのパターンになっています。

さて、ここから、多摩地域にある「ガード下」の風景のいくつかを眺めてみましょう。

多摩地域の「ガード下」風景

中央線は国鉄時代の昭和40年代前半に荻窪から三鷹駅まで高架・複々線化しましたので、途中の吉祥寺駅周辺には線路下に空間ができて、「ガード下」の風景ができあがりました。
次の写真はおしゃれに改装されたガード下に店舗が整然と並んだ現在の風景です。(当初はもっと素朴なたたずまいであったと思います)

吉祥寺駅東側のガード下。区画ごとに店舗が整然と並んでいる。

国鉄からJRに変わった後、2009年に中央線の三鷹-国分寺間がすべて高架になり、収益事業を進めるJRは新たにできたガード下を商業スペースとして活用を始めています。JRは「ののみち」(武蔵野の道)とネーミングして多様な店舗を入居させて、不動産事業を行っています。

まずは最もポピュラーな駐車場。

武蔵境-東小金井間

次いで雑貨・飲食店などの個人事業店舗。

同上

次は、どうやら住宅のようです。「CHUO LINE HOUSE」と名前がついていました。

柱に記された「C.L.H」はChuo Line Houseの略でその下に住宅の配置図が示されている。
画像をクリックすると拡大

上の店舗もそうですが、線路の高架部分に接触しないような構造になっているので、列車通過の際の振動はなくなっているのではないかと思います。
頭上のゴトン、ゴトンという通過音に風情を感じるのは、ガード下で一杯、という場面だからであって、普通の生活の場としては騒音以外の何物でもないでしょうから、防振・防音は必須の対応事項でしょう。

現在、「ののみち」に新しい高架下施設が計画されています。武蔵小金井駅東側のガード下になるのですが、何と温泉施設ができるようです。

用途が「温浴施設等」となっている。画像をクリックすると拡大


さて、次のガード下風景は京王高尾線の狭間-高尾の区間です。
郵便局が入っていました。

「京王高尾駅前」郵便局

さらに中央線と同様に住宅があります。ここは高架部分が高いので、住宅は2階建ての構造になっています。

「京王コーポ高尾」

次は京王相模原線の京王多摩センター駅西側の風景です。
ガード下(高架下)からはみ出してしまった(?)店舗です。

京王多摩センター駅西側のガード下

JRと京王線についてガード下風景をピックアップしましたが、ガード下(高架下)が何かに活用されている場所は、いずれも利用客の多い主要な駅の近くでした。鉄道会社はガード下に入居している店子から家賃を取っているでしょうから、家賃に見合う収入の見込めない閑散としたガード下ではテナント事業が成立しづらいのでしょう。

冒頭でみた「ガード下」バス停のあるところは、位置的にも場所的にも多くの人が集まって、ざわめきが沸き起こるような場所ではなく、営業には不向きな場所です。「ガード下」という言葉に都会の一角を想起するのは自然な言語感覚なのだと思います。