先のブログで、規模が大きく、歴史的価値が高く、景観が良いと評価されている多摩川の8つの堰のうち、河口側から上流へ向かって順に7つの堰(調布取水堰、ニヶ領宿河原堰、ニヶ領上河原堰、大丸用水堰、日野用水堰、昭和用水堰、羽村取水堰)について、それぞれの特色などを述べてみました。
今回は、多摩川河口側から数えると8基目で、最も上流に位置する小作取水堰(おざくしゅすいせき)について述べてみたいと思います。
小作取水堰の誕生
小作取水堰は、東京の水がめの一つ、山口貯水池(狭山湖、昭和9年(1934)完成)へ多摩川の水を引き込むために作られた取水堰です。昭和48年(1973)着工、昭和55年(1980)に完成しました。
小作取水堰で取水された多摩川の水は、地下に埋設された導水管、小作・山口線によって所沢市にある山口貯水池へ自然流下で送水されています。導水管の延長は約8.4㎞。
小作取水堰が建設される以前、山口貯水池への導水は羽村取水堰で取水された多摩川の水を村山貯水池(多摩湖、昭和2年(1927)完成)へ通水する導水管、羽村線を分岐させて作った「引き込み水路」のみで行われていました。
その後、昭和35年(1960)に浄水処理能力が高い東村山浄水場が完成。東村山浄水場で多摩川水系の水をさらに効率良く処理するために取られた方策が、山口貯水池へ多くの水を引き込むための小作取水堰と小作・山口線の建設でした。
小作取水堰の位置と仕組み
小作取水堰は、JR青梅線小作駅から歩いて20分ほどの場所にあります。多摩川を挟んで、右岸が青梅市友田町、左岸は羽村市羽西(はねにし)に位置しており、堰の長さは130m。多摩川河口から55.9㎞上流にあります。
小作取水堰の構造は可動堰のみで、洪水吐門扉(こうずいばきもんぴ)4門と土砂吐門扉(どしゃばきもんぴ)1門で構成されています。門扉はどちらも鋼鉄製で、堰の両岸寄りにハーフコーン型魚道が設置されています。
洪水吐門扉はローラーを回転させて門扉を引き上げるローラーゲート門扉で、本体に取り付けたフラップの角度を変えることによって、流れる水の量を自動的に制御し、取水口の水位を保っているとか。今回の訪問時、ゲートはほとんど水中にあって、フラップは見ることができませんでした。
洪水などにより、水位が上昇した場合にはローラーゲート本体を引き上げて多摩川の流れを妨害しないようにしているとのことです。
土砂吐門扉は取水口の近くに設置されていて、平時は洪水吐門扉とほぼ同調して作動するが、取水口付近に土砂が堆積するとゲートを引き上げて土砂を下流へ流下させるとのことです。
洪水吐門扉と土砂吐門扉は、それぞれの上部に小さな小屋のように見えるゲート制御のための機械室を備えています。各機械室は管理橋でつながっていて、管理橋の長さは193.1m。
管理橋は、車は通れませんが、人の通行は自由です。私が訪れた日も青梅市と羽村市を往き来する人々の姿がありました。なかには、ジョギングを行っている人も。
管理橋を渡って行くと、多摩川の水を引き入れる取水口と、取水した水に含まれる土砂などを取り除くための広い沈砂池(ちんさち)が見えてきます。小作取水堰では、取水した多摩川の水に含まれる浮遊物や固形物を沈砂池で除去した後、山口貯水池へ通水していました。
今回、最終訪問となった小作取水堰は鋼鉄製のローラーゲート門扉や沈砂池を備えた近代的な堰で、江戸時代から伝わる投渡しの技法を持つ羽村取水堰とは対照的な構造でした。
小作取水堰を含めて、今まで訪れた多摩川の堰は、それぞれがその地域や社会の営み、立地、景観等と密接な関連のもとに建造、維持されている、ということをあらためて強く印象付けられ、学んだ日々でした。
参考資料
・東京都水道局資料
・地理院地図