飲める湧水、狭山丘陵から湧き出る「龍の入り不動尊」で新春の水を飲む

湧水にもっと関心を持ってほしい、湧水の保護と回復を図るためとして、東京都が「東京の名湧水57選」を選定したのが平成15年(2003)だった。多摩地域には38の湧水が選定されている。各々のコメントを読んでみると、登山者が愛飲や水を汲みに来る人が多くいるとか来る人が絶えないと書かれているものが3か所あった。

その一つが、武蔵村山市三ツ木にある「龍の入り不動尊」(龍をタキと読む)の白糸の滝の湧水で水質良好。辰年の龍にちなんで出かけてみた。

国土地理院地図使用し作成  クリックすると大きく見られます(以下同じ)

立川から箱根ヶ崎駅行きのバスで40分ほど。青梅街道沿いの長円寺バス停で降りて西へ100mほど歩き、右手に曲がってなだらかな登りを狭山丘陵に向かい350mほど進むとふもとの開けた谷間に「龍の入り不動尊」がある。正面本堂の右手の道を行けばお目当ての湧水にたどり着く。

龍の入り不動尊
水場に向かう道、写真中央あたりが水場

ご神水と呼ばれる湧水、古代から親しまれ生活に欠かせない水であった。訪れた当日は、いくつものポリタンク持参で水汲みに来ている人や親子づれでペットボトルに入れている人、今年初めて水を飲みに来たと言う人と賑やかだ。直接飲んだ人が美味しいです、ウィスキーの水割りにいいなどと話してくれた。私も当然2Lのペットボトル持参、飲んでみると雑味が無くおいしく飲めた。(立川保健所の水質検査証が基準に合致していると貼られている)

口元から湧水を汲める

ここの不動堂の新築工事の際に、昭和40年(1965)の調査によって古墳時代の住居跡があらわれ「滝の入遺跡」として登録されている。また、ここでは俱利伽羅(くりから)不動(八大龍王の一つ黒龍が病や魔障を除くとされ、不動明王の化身と言われている。)が古くから信仰されている。

長円寺バス停近く「龍の入り不動尊」の東側には長圓寺がある。徳川幕府初期から幕末までここ三ツ木を支配した地頭の大河内家の墓が建てられているので行ってみよう。山号を龍澤山と称し、永禄11年(1568)崋山秀呑が開山、青梅市二俣尾の海禅寺の末寺と言う。

長圓寺本堂 赤い屋根の右に金木犀
10mを越える金木犀

山門前後に梅の古木があって、もう紅の花芽がふくらんでいた。また、境内への門をくぐると右手に樹高10ⅿを越える高さで根元の直径が80㎝もあろうかと思える金木犀を見て足を止めてしまった。秋はさぞかしと想像してしまう。大河内家(3代忠次、5代忠政)の墓は本堂左の裏手にあった。寺には初代忠正から8代忠春までの位牌が祀られている。

忠次、忠政の墓

三ツ木の鎮守は、不動尊の西側にある十二所神社がそれで旧村社の格式だった。社伝では和銅年間(708~714)の草創と伝えられているようだ。祭神は伊弉諾尊(イザナギノミコト)ほか11柱。進藤姓の方が神職を務められていたようだが、たまたまお会いできた神職の方の話では、継ぐ人がいなくて通いで神事や回りの清掃をしている。自分は小金井貫井の上宮大澤神社で神職をしている大澤と言うものですと、いろいろ説明していただいた。後継者不足がここにもあったか。

十二所神社の正面階段
西隣の阿弥陀堂から見た神社
阿弥陀堂
墓の脇の階段

神社の西隣に長圓寺持ちの阿弥陀堂があって、背面の墓地脇の階段を100段あまり登ると眺望が良い、行ってみてくださいと言われさっそく登ってみた。澄み切った空に富士山と山並み、時間を忘れてしまう。

お昼時でもあり、不動尊入り口看板のところで青梅街道を横断し、うどん店「満月」に入った。人気の店らしく他県ナンバーも見える。肉汁つけうどんとマイタケのてんぷらをいただく。黒めの麺でコシがあり美味しかった。水、富士山、うどん、そして2Lの水を思いながら帰る。

うどん「満月」