「沿線まるごとホテル」23年度開業へ本格始動~鳩ノ巣駅前の顔

朝日を浴びるこぎれいな鳩ノ巣駅

気持ち和む山荘風の木造駅舎

鳩ノ巣駅に降り立った。太陽がまだ低い朝8時半。駅前のベンチのテーブルは真っ白。厚い霜に覆われていた。吐く息の白さも濃い。朝日は、駅の向かいに立ちはだかる山の斜面を日陰にして真っ黒だ。これとは対照的に駅舎は直射日光で浮き立っていた。

ホテルのフロント業務の始動を待つ鳩ノ巣駅舎内

この駅舎は沿線の他の駅舎と異なり、いつ乗り降りしても気持ちが和む。太い丸太の柱や梁が丸出しで、昭和19年(1944)年7月開業当時の木造平屋建てのままだ。白壁の農家風の趣を漂わせながらも山荘風でもある。石壁の袴腰、板壁を斜めに貼った設計者の心の内が分かるようで頷く。周辺の奥多摩町棚沢の集落に溶け込んでいる。戦中に建築されたとは思えないおしゃれな造りだ。令和2年(2020)のリニューアルで改札口の頭上に奥多摩を象徴する草木の葉や山並み、木の実、さらに清流、鳩ノ巣の由縁である2羽のハトをモチーフにしたステンドグラスがはめ込まれた。

地元住民も参列して鳩ノ巣駅前で行われた「沿線まるごとホテル」開業式(沿線まるごと株式会社提供)

拠点となる「沿線まるごとラボ」

青梅-奥多摩駅間(37.2㎞)の愛称である「東京アドベンチャーライン」には13駅あるが、青梅、奥多摩駅以外は、すべて無人駅だ。鳩ノ巣駅も平成28年(2016)4月に無人駅になったが、今年、令和4年(2022)6月1日、JR東日本と、地域振興事業を手掛ける「さとゆめ」(千代田区)は共同事業「沿線まるごとホテル」を立ち上げた。この事業の拠点を鳩ノ巣駅に置いて担当者が詰めている(一般の乗降業務を行わない)。

旧駅事務室をリニューアルして書棚も設けられた「沿線まるごとラボ」の鳩ノ巣駅

この事業は過疎化が進む東京アドベンチャーライン沿線の活性化を目指して地域全体をホテルに見立てて「沿線まるごとホテル」とネーミング。拠点の鳩ノ巣駅を「沿線まるごとラボ」と名付けている。2年前に旧駅事務室などを改装したのは、このためだ。ラボでは新事業の業務推進や打ち合わせ、ワークショップなどに使っていく。

駅舎をホテルのフロントに

「沿線まるごとホテル」は、令和5年(2023)度内に鳩ノ巣駅近辺で空き家になった古民家を改修して宿泊ができるようにし、古民家レストランを開業する計画だ。将来的には沿線の各無人駅を拠点(ホテルのフロント機能)に集落ごとの地域ならではの地産品や衣食住の体験型のツアーを組み、暮らしと歴史、文化を楽しんでもらえるように地域住民とともに提供していきたいという。

奥多摩らしさを際立たせる「奥多摩むかし道」沿道の民家(同社提供)

集落の固有資源を繋げる

古民家のホテル構想と地域資源を具体的にどのように結ぶのか。ホテルのフロント=無人駅でチェックイン。ホテルの廊下=集落の道を散歩・集落ホッピング。ホテルのウエルカムサービス・食事=わさびツアーや森林セラピーなどを織り交ぜて沿線ガストロミー(料理を構成する様々な文化や歴史的要素)を堪能する。ホテルのスタッフ・コンシェルジュ=地域住民や事業者による集落ガイド。ホテルの客室=空き家の古民家を改修して宿泊施設にする。

清流に育つワサビ。手入れが欠かせない栽培者の苦労話にも耳を傾ける(奥多摩町海沢で)

住民に欠かせない生活道路の海沢隧道を行く。ここにも地元の暮らしを知る情報が詰まっている(同社提供)

資源と人を繋ぎ、沿線を活性

「沿線まるごとホテル」計画は、集落ごとにある地域の固有資源を連結させて滞在型の観光地に仕立てるねらいだ。案内役の地域住民や地域事業者は、改めて地域の魅力を知ることで住民同士のつながりを深くし、一方で観光客は地域とつながっていく。さらに地域には新たな体験型のコンテンツが生まれる。結果として、地元住民や事業者だけでなく、沿線自治体や都市部の企業など様々な人や組織が参画して沿線に新たな人の流れと活気を生み出し、地域が動いていくとプロジェクトメンバーは熱を込める。奥多摩をはじめ沿線の活性化になるというわけだ。

渓流の水の音と川風を肌で感じて深呼吸をすると……(同社提供)

実証実験で上々の反応と成果

昨年から今年にわたって実証実験をしており、今秋には観光客の行動エリアを広げられる電動三輪スクーターと電動アシスト自転車による3つのコースでモビティツーリズムを行った。海沢林道や海沢隧道へ出向いて林床の違いに目を止めたり、三ツ釜の滝を散策したりした。この後、御岳の古民家で鮎ご飯ときのこ汁を食べた。里山わさびツアーでは「わさびブラザーズ」が峰谷地区の沢で育てているワサビ田へ長靴をはいて踏み入り、穫れたてのワサビを使って丼を堪能する非日常を体験した。奥多摩むかし道ツアーではサイクリングとトレッキングを掛け合わせたダイナミックな体験に汗を流した。いずれもコンシェルジュである専門ガイドが案内した。これらは来年度に完成を目指している古民家ホテルを視野に入れたもので申し込みが完売、旅行者の上々の反応に手応えを感じている。

登計集落を散策して自然の良さや地域の暮らしにも感じることが多かった参加者たち(同社提供)

住民5人をコンシェルジュに任命

この計画の一翼を担う地元住民が案内役を務める「沿線まるごとコンシェルジュ」がすでに任命されている。ワサビを栽培している「わさびブラザーズ」の角井仁・竜也さん兄弟は横須賀市からの移住組だ。奥多摩町のグリーンキーパーの清掃集団OPT(オプト。おくたま・ぴかぴか・トイレ)の大井朋幸さんと関舞さん。森林セラピーをはじめ、ホタルウォッチングなど自然体験ツアーを中心に健康増進を推し進めている「おくたま地域振興財団」の白田武司さんの5人だ。実証実験でガイドとして活躍した。新年度には10人以上(企業、団体、住民)に増やしていきたいという。

JR東69路線30地域で展開予定

今後、来年度のホテル開業に向けて本格的に動き出すとともに2028年度までに5~8棟の宿泊棟を稼働させる計画だ。JR東日本では69路線、30地域以上に広げる計画の第一歩だと言っている。奥多摩スタイルをベースにした「沿線まるごとホテル」事業が広域展開される日が楽しみだ。