まちにあふれるアキシマクジラに見る熱い郷土愛~東中神駅前の顔

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新型コロナウイルスの新規感染者は、7月に入って5日までの1日平均が108人で、6月末までの1週間平均55.1人に比べると、倍近くに急増した。東京都は都民の都外への移動を自粛要請し、近隣の自治体は県をまたぐ移動制限を要請している。コロナの「形が見えない・生態が分からない・対処を知らない」からこそ3密(密閉・密集・密接)を避けて感染を防止するしかない。いわばコロナにやられっぱなしの不安と恐れに対する鎧は脱げないが“コロナに正しく慣れる”ために感染者急増前のある日、そろりそろりと動いてみた。手始めに4月9日に更新して以来、中断していたこのブログの「青梅線駅前の顔」シリーズを再開することにして東中神駅に降り立った。昭島市東側の玄関口だ。

東中神駅南口にあるクジラの「あきちゃん」(右)と「たまちゃん」

数年ぶりに東中神駅に下車した。こじんまりしていた木造の駅舎が橋上駅に生まれ変わっていたのにはびっくり。平成30年(2018)に竣工したという。開放感を演出した大きな庇。ガラス張り。以前の木造駅舎が漂わせていた自然、古さ、木のぬくもりを新駅舎の柱と梁で強調して木造の骨組みに似た雰囲気を醸し出している。外壁は亜鉛合金パネルだが、木板をランダムに張り合わせて金属の見た目の冷たさを抑えている。

南口駅前ロータリーで待っていたのがアキシマクジラのモニュメント「あきちゃん」と「たまちゃん」だった。体長は、大きい方のあきちゃんが1mほど。たまちゃんは、その半分ほどで、ともに黒御影石製。2体が見守るのは正面に軒を連ねる「くじらロード商店街」だ。この商店会が平成19年(2007)12月に昭島市のシンボルとして設置した。その東側に鮮魚などが人気だという居酒屋がある。その名もずばり「くじら商店」。ビールののど越しを試したかったが、この日は、先があるのでまたの機会にした。

東中神駅に面したくじらロード商店街アーケード

駅前の休憩所にもクジラが

市内のいたるところにクジラにまつわるものがある。市の公式キャラクター「アッキー&アイラン」のモチーフはクジラ。公共施設をガイドする表示板。街灯。マンホールのふた。郵便局の風景印。お菓子。壁画。交番の建物。夏の風物詩となった昭島市民くじら祭も……。「くじらの街 昭島」のシンボルに寄せる市民の熱い郷土愛が伝わる。

「おいしいよね」と互いにうなずきあうフランス語の意味の店名「パティスリー プルクワ・パ?」(朝日町3-1-31)のクッキー

昭島で開業60年以上になる酒井屋製菓(玉川町3-10-17)の「あきしま物語」

ほんのりした甘さがいい和菓子処桃仙(上川原町1-2-13)の「夢くじら」

昭島観光案内所(昭島駅北口)で配布しているマンホールカード

市内各所にあるマンホールのふた

足元を照らす街路灯(つつじが丘2丁目)

昭島駅前郵便局(昭島駅北口)の風景印

クジラをデザインした小荷田交番の建物(拝島町3-2-29)

道路案内表示板にも

拝島駅構内のステンドグラスには巨大なクジラが泳ぐ(部分)

平成9年に都立拝島高校の生徒有志が制作したタイル貼りの壁画(緑町1丁目ポケットパーク)

クジラで結ぶ郷土愛の芽生えは、昭和36年(1961)8月20日、小学校教諭だった田島政人さんが息子さんとJR八高線多摩川鉄橋下流の多摩川河川敷を散歩中に巨大な骨の化石を見つけたことだ。後に命名されるアキシマクジラの全骨格だった。発見当初、現場の多摩川に大勢の市民が駆け付けた。1年がかりで復元作業をした後、「約500万年前の全長約16mのコクジラの仲間」と国立科学博物館が発表して、骨格を同博物館新宿分館に保管した。

アキシマクジラの骨格が見つかったJR八高線多摩川鉄橋下流の左岸

本格的な調査・研究をするために平成24年(2012)、群馬県立自然史博物館へ全化石を送った。5年に及ぶ調査・研究の結果、学芸員の木村敏之さんらは上総層群の小宮層から出土したもので、177万年前~195万年前に生息していたと推定される全長13.5mのコクジラで、これまで世界に知られていなかったクジラの新種と結論づけた。

発掘作業を見守る人たち

復元作業に当たった人たちが化石の前で記念撮影(どちらも昭島市教育委員会発行「アキシマクジラ」から)

一口に200万年前というが、昭島を中心とするエリアはどんな景色だったのだろうか。昭島市西方の東京サマーランド(あきる野市)周辺の地層は約300万年前でゾウやシカなどがいたといわれる陸地だったが、200万年前~100万年前の地層である昭島や日野の多摩川からクジラや貝の化石が出土している。海だったことを明かしている。その海原は、古東京湾をはじめ、東大和、立川、昭島あたりが遠浅で、北西の青梅あたりを中心に岩や砂が積もって次第に陸化した。これより新しい地層からゾウの化石が出ていることから陸に戻ったことが分かる。
アキシマクジラの肩甲骨には浅瀬に棲むフジツボの化石が付着していたことや、同じ場所から陸に棲むアケボノゾウなどの化石も見つかっている。これらのことからこの一帯は、地球の温暖化と寒冷化を繰り返したことで海水面が上下し、地殻変動も重なって海進と海退を繰り返したことを示している。

今に近い時代で言えば、江戸の町が大騒ぎした「寛政の鯨」が知られる。寛政10年(1798)5月1日、品川・洲崎沖に迷い込んだクジラを一目見ようと集まった人々や、そのクジラを現在の浜離宮付近へ運んで将軍徳川家斉が浜御殿から眺めたとか。そのクジラを慰霊した「鯨塚」が品川浦公園に隣接する利田(かがた)神社境内にある。今も時折、東京湾にクジラの仲間が迷い込んで話題になる。

6月9日開館したアキシマエンシスくじらホールを飾るアキシマクジラの骨格レプリカ。床には体長をデザイン

ホールの外からも骨格が見え、夜はスポットライトに浮かぶ

アキシマクジラの全骨格の原寸大レプリカや実物の化石を展示しているアキシマエンシス(昭島市教育福祉総合センター=青梅線昭島駅北口から徒歩約10分)へ足を運んでほしい。骨の大きさに目を見張る。
昭島の多摩川対岸の日野市側で昭和46年(1971)に150万年前に生息していたヒゲクジラの化石(ヒノクジラと命名)、平成12年(2000)にはアケボノゾウの足跡、平成13年には八王子市役所対岸の浅川から230万年前のゾウ(ハチオウジゾウと命名)の歯が見つかっている。今後も多摩川や周辺から太古の生き物たちの化石が現れるかもしれない。