今から20年ほど前の春先のこと、新宿から中央道の高速バスに乗っていよいよ小仏トンネルにさしかかろうとしていたときです。
窓の外を見ていると、高速道路の防護壁ごしに、白やピンクで染められた布を敷いたような景色が一瞬通り過ぎました。とても強烈な映像が残りました。
あとで調べると、そのあたりは裏高尾の梅林地帯で、高速道路から見えたのは、どうやら「木下沢(こげさわ)梅林」であったようです。
それ以来、一度は行ってみたい場所として「木下沢梅林」が頭に残ったのですが、梅林を見るためだけに裏高尾へ出掛けることもなく、また梅の時期に合わせるというのもなかなか都合をつけづらく、頭の片隅に残ったまま十数年が過ぎました。
それが、定年後に自由時間が増えて山歩きの仲間とあちらこちらへ出かけ始めた時、山仲間から木下沢の「ハナネコノメ」を見に行こう、とのプランが出て、木下沢だったらちょうどいいチャンスだ、ということでハナネコノメと木下沢の梅林の両方を楽しみに出かけました。
それは2019年3月21日のことでした。
ハナネコノメを観察した後、「さて梅林はどんな風なんだろうか」と木下沢梅林へと沢を下っていきます。
十数年のあいだ気になっていた場所だけにちょっとワクワクします。
梅林に着きました。
そこは高速道路から一瞬見えた通りの色彩で、山裾一帯が覆われていました。
紅と白の絵の具がパレットの上で混ざりつつあるような繊細な色合いに魅了されました。
それ以前は、名木と言われる梅の木を眺めて、その古びた姿や枝ぶり、そしてそこに数輪開く梅の花を間近に観察して「いいね」と思うことはあったのですが、梅の花の集合体が目に迫って来る体験は初めてのことで、梅をこのように見る楽しみ方があることを初めて知りました。
桜の花見といえば桜並木のような線上に並んだ桜をパースペクティブの中で観ることが一般的であるかと思うのですが、梅の花見は縦と横一面に広がった梅の花を面として眺め、自然、その面の上で、色彩が微妙に混じる様を楽しむことができる、ということを実感したわけです。
木下沢の梅林はそのような新発見のあった場所として、今も頭の中に残る場所です。