孤高のクスノキ ふれあいの‟ふるさとワールド”

街並みから抜きん出た福生神明社のクスノキ(福生市福生で)

誇らしい神社のクスノキ
住宅の海が広がる中で福生神明社(福生市福生)の2本のクスノキの枝は折り重なって緑の島のように天に浮いている。その全景を仰ぐ民家の庭先に座って新聞を広げていた主が言った。「この光景を毎日見ている。飽きないどころか、立派で惚れ惚れしているよ。誇らしい」と笑顔を見せた。
蘇るか、梅 盛んだった句会
福生神明社は、いまから152年前の明治7年(1874)に近在の人々が神寄せして創建した。青梅市内で梅の輪紋ウィルスが蔓延して周辺自治体の梅を伐採、再植樹して10年になるというが、福生神明社境内にあった30本ほどの梅の木も例外ではなく伐られて久しい。だが、その名残りがある。句会が盛んだった福生の様子も覗かせている。
境内に『これからも またおもしろき 花の春』という句が表記されている。日本酒「まぼろしの酒 嘉泉」の銘柄で知られる田村酒造醸造元の11代目田村十兵衛豊昌さんが明治13年(1880)にこの作品を詠んで句碑を立てた。いまも存在感を漂わせている。
芭蕉の句碑もある。『春もやや けしきととのふ 月と梅』。静かな境内に梅が醸し出す光景を詠んだ。

象の足のように太い2本のクスノキが並んでいる(福生神明社で)

卒業記念に植樹して100年超
そんな情感が漂う境内に立体感を演出しているのは2本のクスノキだ。双方の幹は、それぞれ二抱え以上もあり、樹高は社殿よりも遥かに高く30m以上あるだろう。神社の神木だ。天然記念物に指定されていないが、太い幹のそばに立って樹皮に手を当てた。気持ちが鎮まるようだった。サクラの華やぐざわめきと違い、心が鎮まる心情だった。
このクスノキは110年以上前に植樹された。地元の清水長治さんが東京府立農林学校(現・都立青梅総合高校)の卒業記念に父・寛二さんが植樹した、と根本近くの表札に記している。

枝を張り巡らして伸びるクスノキ(福生神明社で)

農林学校は、明治42年(1909)に開校した。昭和51年(1976)に出来た都立青梅東高校に統合され、平成18年(2006)に都立青梅総合高校に移行した。校地は広く、青梅市と奥多摩町に6つの演習林を持つほか、セミナーハウスなどを備えている。その面積は都立高校最大で、東京ドーム(約4.7ha)14個分だという。植林や木の育成という実践を重ねて西多摩地域の一大産業の発展に従事する若手を育てる地元の熱意を表したものだろう。出身者に「ふだん記」運動の提唱者・橋本義夫さん(明治35=1902年~昭和60=1985年)らがいる。
クスノキを植樹した100年以上前の福生神明社周辺には住宅が少なく、水田が広がっていた。湧き水もこんこんと湧いていた。神社は多摩川から北側にせり上がった高台にあることからクスノキは、台地のさらに上で丸く枝葉を広げている。その樹形は周辺から見ても抜きん出ている。
暮らしを支えたクスノキ
クスノキは、茨城県以南に自生する常緑樹。日当たりを好み、鬱蒼とした大木になり、樹高50mを超える巨大な樹冠を作るのが特徴だ。4月下旬に赤く色づいた古い葉を落葉させて新芽を出す。さらに5月から6月にかけて白く淡い黄緑色の小さな花が咲く。秋には直径7~8㎜の青緑色の果実をつけるが、食用にはならないという。木には樟脳の香りがあることから防虫剤や鎮静剤に使われてきた。巨材で仏像や家具も造った。耐水性が高く、海中の鳥居や船の材料などにも使われたりして暮らしの周辺を支えてきた。
日本一「蒲生のクス」
日本一のクスノキとして知られるのは蒲生八幡(鹿児島県姶良市)の「蒲生のクス」。推定樹齢1600年。根回り33.5m、幹回り24.2m、高さ30m。幹の内部には8畳分ほどの空洞があり、壮観さを際立たせているという。静岡県の来の宮神社(熱海市)、佐賀県・川古の大楠公園(武雄市)などのクスノキも知られる。神社の神木にしていることが多い。

境内の空気感を引き締めていたクスノキ(熊川神社で)

泰然と立つクスノキの脇で福々しい笑顔を振りまく布袋が参拝者の気持ちを和ませている(熊川神社で)

威風堂々と立つクスノキ
福生市の熊川神社(牛浜)拝殿前のクスノキも見応えがある。目通り2.4m、高さ19m。神社には室町時代前期の正長2年(1429)ごろの棟札があることから当時、すでに神社機能を備えていたようだ。その風格を表すのが一間社流見世棚造りの本殿だ。社は周囲の住宅と一線を画して玉川上水の熊川分水沿いに設えた塀で神域を囲んでいる。この塀が醸し出す趣きがクスノキを一層、威風堂々とさせていた。
裸木を背に緑色が冴える
クスノキの精が私に宿ったのだろうか。多摩地域の他のクスノキを見たくなって青梅市の海禅寺(二俣尾)へ向かった。東西に延びる永山丘陵を分けた尾根を背にした海禅寺の総門が威厳を放っている。造りは近世に建築された一間一戸の四脚門で切妻造りの銅板葺き(元は茅葺き)。礎石建ちで、本柱を化粧棟木が支えている。細やかな構造は見る者の眼を止めさせる。同市内に現存する近世期の門の中でも代表的な構造だという。

重量感がある2本のクスノキ。左が総門(海禅寺で)

海禅寺のお目当てのクスノキは境内の西側に2本ある。青梅市指定天然記念物だ。目通り3.4m、樹高約27m。一方の木も同程度の規模だ。市内にあるクスノキの最大級だという。
境内の斜面を登り、クスノキの背後から街並みを見つめた。眼下の斜面は南にある多摩川へ緩やかに下っているのが一望できた。クスノキのなんとデカイことか。弾ける胸の内とは裏腹にクスノキが泰然と立っている様子に気持ちが和らぐのを感じた。

緑の葉を浮き立たせる海禅寺のクスノキ(青梅市二俣尾で)

凛と立つ絵模様の一本木
海禅寺には対のクスノキの東側にも一本立ちのクスノキがある。対の木よりも細いが、凛として立つ姿は絵模様だ。もっと楽しもうと、一旦、境内を離れて青梅線踏切を渡り、青梅街道を上った。歩くこと100mほど。連なる住宅が途切れた畑の端から振り返った。空は青く、背景の山斜面はどれも裸木。そんな中で一本木のクスノキは独り、燦燦と緑色を浮き立たせていた。対のクスノキも一山を緑色で覆っているように見えた。
大火を生き延びていまも
日の出町平井には「青木家のクスノキ」があると聞いて福生駅西口からバスに乗り、尾崎バス停で降りた。ここからさらに西方の山間の道を10分あまり歩いて谷の入(やのいり)集落に入った。重々しい屋根瓦が載る重層な民家が忽然と出現した。
この敷地に常緑樹が浮き立っていた。町内最大のクスノキであり、日の出町民登録文化財だ。2本の株立ちの幹回りは2.05mと1.85m。樹高は11.7mというが、2階建ての住宅の屋根を超しそうだ。張った枝は8mにも及ぶ。

住宅の屋根よりも高く育っている「青木家のクスノキ」(日の出町平井字谷の入で)

家人が言う推定樹齢は150年だから明治5年(1882)に出火した大久野(おおぐの)の大火を生き延びたことになる。この大火は、大久野の幸神(さじかみ)の山から出火して集落の大半と隣接する平井村の北側全域を焼き尽くした。
青木家の主は「毎朝、挨拶のように見ているが、特段の世話はしていないよ」と笑った。根元に掘った池には赤、白、黄が混じる「泳ぐ宝石」といわれる錦鯉がゆったりと泳いでいた。

団地の子らが遊んだ思い出深いクスノキ。東屋のベンチで女性2人が話し込んでいた(東久留米市野火止で)

登って遊んだ人気の木
東久留米市内には「名木百選」のクスノキが2か所にある。平成29年(2017)6月に市民が選んだ300本余りの中から選定されたものだ。下里本邑遺跡公園(野火止)のクスノキの選定理由は「太い枝が低い位置にあり、子どもたちがよく登って遊んでいた人気の巨木」だ。幹は三抱えもありそうだ。樹高は10m以上だ。公園は下里第二住宅団地の子どもの遊び場であり、枝は木に登りやすくカギ状になっていた。この木の下で住人の仲良し2人組の女性がベンチに座って穏やかに話し込んでいた。2人が座る光景と子どもたちがクスノキに登って遊んだ微笑ましい思い出の様子を重ねて、クスノキがある空間は、いまも“人間味豊かなふるさとワールド”だと感じた。

子どもらが枝に登って腕白ぶりを見せていた下里本邑遺跡公園のクスノキ(東久留米市野火止で)

団地の入居は昭和57年(1982)だが、工事中に遺跡が出土したことから開発規模が縮小され、入居が遅れた。団地の南側には黒目川があり、縄文、弥生時代をはじめ、平安時代の住居跡や石器などが続出した。出土品から当時、すでに「むら」が形成されていたことが分かった。なぜなら目の前の川があり、飲料水に恵まれ、魚がいた。周囲の雑木林には動物も棲んでいた。古代人は食に困らず、ここが住み良い地であったようだ。そんな生活ぶりを伺わせる出土品のプレートを公園に設置している。

湧水の里を抱えるように高台にある南沢氷川神社の杜(東久留米市南沢で)

「名水百選」の里の杜
東久留米市の「名木百選」に選定されたもう一方のクスノキは、1日あたり1万tが湧出している湧水の里「落合川と南沢湧水群」にある。ここは「東京都の名水57選」の一つで、東京都で唯一、環境省が提唱する「平成の名水百選」にも選ばれている。2人連れの女性が水辺でスケッチに余念がなかった。
鳥居の前に湧水が流れている南沢氷川神社(南沢)は高台にある。神社の創建は定かではないが、社宝の上棟札によれば、承応3年(1654)に徳川家家臣・久世大和守らによって再建され、湧水を守護してきた古社だという。神木のクスノキは、見た目の太さは直径が1m以上ある。高さは拝殿の屋根を超えて、全山をクスノキの葉が覆っていた。
一灯を照らす事物を知る
立錐の余地がない中央区銀座のビル街にある歌舞伎座へ時折行く。歌舞伎座入口横の歌舞伎稲荷神社に3本のクスノキがある。木肌や葉の色合いは周囲のビルと好対照で心を解きほぐす。平成25年(2013)4月、5期目の歌舞伎座(地下4階、地上29階建て)が再開場したのを記念して植樹されたものだ。観劇客を整理する係員に樹種を確認したくて聞いた。彼は即答を避けて正確な情報を私の客席へ伝えに来てくれた。クスノキが取り持つ縁だと感激したのは、つい最近のことだ。
各所で聞いたクスノキへの人々の思いは、日常の穏やかな暮らしを象徴していた。なくなって気づくこと、そこにあって当たり前の身近な事物に眼を向ける一歩が地元を知るきっかけになる。人との親密感も深まる。知っているつもりが、知らなかったことを再認識させてくれるばかりか、知ることによって地域の動きや関わった人の姿も見えてくる。これからもこんなスタンスでこのページに臨みたい。