小平市のウォーキングコース「遺跡コース」を歩いてみる

3月に入って、寒さの中にも梅の花が咲き誇り、春の気配が感じられるようになった日、小平市が紹介しているウォーキングコースの一つ、「遺跡コース」を歩いてみた。
このコースは、小金井市と隣接する小平市の南東部に位置している。西武多摩湖線の青梅街道駅で下車して駅舎を出ると、目の前に青梅街道が現れる。
青梅街道は小平市のほぼ中央部を東西へ延びていて、この青梅街道を東に向かって進み、最初の訪問地、なかまちテラスを目指す。


なかまちテラスは、ユニークな外観をした建物で小平市の公民館と図書館が備わった複合施設とのこと。施設の外壁はガラス張りで、平成27年(2015)、日本を代表する建築家の一人、妹島和代氏が設計した。地下1階、地上3階建ての建物は小平市の仲町を照らし、人と情報の出会いの場をコンセプトにしているという。


なかまちテラスを後にして、2つ目の訪問地、熊野宮(一本榎神社)へ向かう。

熊野宮(一本榎神社)は、小川村の開拓に着手した小川九郎兵衛と、阿豆佐味天神社の神主、宮崎主馬が小川新田の開拓に先立って、その守護神として、宝永元年(1704)に榎の大樹のもとに洞を建て遷宮したのが縁起とされている。
往時この一帯は川もなく、水の便が悪い原野で、その当時から重要な街道であった青梅街道の通行は苦渋にみまわれていたという。そのような原野の中に、1本の榎の巨木がそびえ立っていて「武蔵野の一本榎」と呼ばれ、街道の良き目印や一時の休息の場になっていた。
その榎は寛保(かんぽう)年間(1741~44)に枯れ木となったが、現在、境内には3代目の孫木が育っている。


三代目の榎の成長を願いつつ鈴木西通りを南東方向に進み、3つ目の訪問地、鈴木稲荷神社へ向かう。

鈴木稲荷神社は、享保9年(1724)、鈴木新田の開発に着手した武州多摩郡貫井村(現小金井市)の名主、鈴木利左衛門が村社の稲荷神社を勧請し創建したと伝わる。境内にそびえ立つ榧(カヤ)の木は、社殿鎮座の記念樹といわれており、樹齢300年と推定されている。


鈴木稲荷神社から新小金井街道を南へ進み、4つ目の訪問地、田無用水へ向かう。

田無用水は、元禄9年(1696)、現在の小平市喜平橋付近で玉川上水から分水し、田無村に及ぶ約6㎞の水路として開削された。
往時この一帯の新田を潤す用水としては、田無用水の他に小川用水や鈴木用水などが掘られている。今日、これらの水路は住宅等の建設にともなって暗渠となっている個所が多いが、保全された水路には清らかな水が流れていて往時の面影を偲ぶことができる。


田無用水から5つ目の訪問地、鈴木遺跡へ向かう。

鈴木遺跡は、後期旧石器時代(約38,000年前から16,000年前頃までの約22,000年間)の遺跡で、昭和49年(1974)、小平市の鈴木小学校の建築の際に確認された。後期旧石器時代の始まりから終わりまでの石器が途切れることなく出土しているのが特徴で、国指定の遺跡となっている。
小平市が位置する武蔵野台地は川に乏しい地形であるが、鈴木遺跡の東側は凹地になっていて、そこには石神井川の源流部があった(今日、源流部はさらに東に移動している)。源流部を取り巻くように当時の人々の生活圏が広がり、その広さは22万㎡(東京ドーム約4.7面)に及ぶという。
鈴木遺跡からは、後期旧石器時代の他に縄文時代や江戸時代の遺物も発見されている。今日、跡地には鈴木小学校をはじめ数多くの建物が建っていて、鈴木小学校の校庭の一角が跡地として一部保存されている。


新小金井街道をさらに南下して6つ目の訪問地、鈴木遺跡資料館を訪れる。

鈴木遺跡資料館には、鈴木遺跡で発掘された遺物が保存展示されている。
展示室には、後期旧石器時代の始まりから終わりに至るまでの各時代に沿った石器が展示されていて、どの石器がどの地層から発見されたか詳細に説明している。
後期旧石器時代の地層は関東ローム層の赤土で、約22,000年におよぶ地層の厚さは2m以上に達するとか。
石器は石斧やナイフ形石器など用途に応じた多様なものが発掘されており、ナイフ形石器として使用された黒曜石の一部が海を渡った神津島に由来していることに驚かされた。


鈴木遺跡資料館を後にして、新小金井街道から回田(めぐりた)本通りに入り、7つ目の訪問地、桜いりぐち公園へ向かう。

桜いりぐち公園は、小平市立の小さな公園で、園内の敷地の一部にタイルが埋め込まれている。それらのタイルの中に鈴木遺跡の石器の形を描いたタイルが埋め込まれており、小平市が貴重な遺跡に恵まれた街であることを示しているように思われた。


桜いりぐち公園から最後の訪問地、八小遺跡へ向かう。

八小遺跡は、昭和44年(1969)、小平市立第八小学校の校庭で見つかった遺跡で、奈良時代の竪穴住居跡、土器などが発掘されている。住居跡は小平市内で見つかった唯一の竪穴住居とみなされている。


今回の小平市の「遺跡コース」を巡ってみて、かつて水に恵まれない武蔵野台地に貴重な水源を見つけて人々が住み着き始め、原野に新たに水路を開拓して新田開発を進めて行った先人達の足跡をあらたに学んだ思いがした。

参考資料
  ・小平市ウォーキングコース  小平市
  ・鈴木遺跡解説書「旧石器時代の鈴木遺跡」  小平市教育委員会
  ・関連事項に関するホームページ
  ・Googleマップ