川口川の最上流部、呼ばわり山として名高い今熊山を目指して川沿いを辿る

昭和30年(1955)に6っの村が八王子市と合併して「町」を経ないで市になった。そのうちの一つ川口村の中央を流れる川口川の上流部を歩く。

川口川は浅川の左支川でもっとも北に位置する一級河川(延長14.09㎞)、今熊山の山麓、通称、持籠入(もちごいり)と呼ばれる谷間から流れ出す。八王子市暁町付近で浅川と合流する、この辺りの浅川は国が管理する区間となっている。

八王子駅北口から武蔵五日市駅行きのバスに乗る。甲州街道を左に進み元本郷町を右手に折れて秋川街道に入る。ひたすらこの街道を進み圏央道近くのバス停「GMGゴルフ場」を目指す。新編武蔵風土記稿(以下「風土記」という。)では川口村があまりにも大きい村なので「大村なれば村内を二分して上下と号す」と記している。また、この川口の名称は承平年間(931~938)に編纂された「倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」今で言う辞書に川口(加波久知)と郷名が載っており歴史ある村であることが分かる。

国土地理院地図使用 クリックすると大きく見えます(以下の図・写真も同様です)

このバス停まで約50分。おおよそ圏央道を境にして西側を上川口村(現在の上川町)、東側を下川口村(川口町)と呼んでいた。

「黒沢橋」の信号を北に250ⅿほど入ると実朝の菩提のため創建された「圓福寺」がある。鎌倉幕府は三代将軍実朝の後継として九条家から三寅(四代将軍頼経)を迎えており、九条家の荘園が川口にあったことによると思われる。風土記には、熊野山澤泉(たくせん)院と号し、開山智賢法印、承久4年(1222)10月25日実朝菩提のために起立せりと書かれている。

圓福寺
秋山國三郎の墓

山門の横に「秋山國三郎」(1828~1909)と彫られた墓がある。川口村の代表的な文人で民権思想の普及にも携わり、天然理心流の剣士でもある。文学者、思想家などで著名な北村透谷(1868~1894)や民権活動家の大矢正夫(1863~1928)とも親交があり、透谷は明治17年(1884)11月から翌年の3月まで大矢とともに秋山家に逗留している。

北村透谷・美那子夫妻 図説自由・民権(町田市教育委員会)より

秋山國三郎 画報日本近代の歴史4(日本近代史研究会)より
大矢正夫 色川大吉著「北村透谷」より

透谷は、川口村で秋山、大矢と幸せを感じながら過ごしたこの時があって、この村を「希望(ホープ)の故郷」とよび、「幻境」と懐かしんだ。秋川街道に戻る。西へ300mほど行き上川町東部会館脇に、秋山と透谷の親交を記念して昭和52年(1977)に「幻境の碑」が建てられた。

幻境の碑
裏面

街道から離れていた川口川が、東部会館から100ⅿ西へ「釜の沢橋」の信号付近で現れる。水が澄んでいて上流に来たなと思わせる。

1.5㎞ほど歩くと、右の高台に上川口小学校が見えてくる、明治8年(1875)開校と古い。五日市の勧能学校の校長をした千葉卓三郎(1852~1883)が上川口学校に教えに来ていたと言われる学校だろうか?、先ほどの大矢正夫も明治17年(1884)当時この学校の教員だった。

さらに1.5㎞ほど進むと、上川町西部会館の自販機が目についた。今熊の里をアピール

文字の背後はミツバツツジと思われる

旧小峰トンネルへの道と現道との分岐点を過ぎ、新しいトンネルの手前を左に入る、川口川の一級河川上流端と源流はこの方向だ。これから今熊山(標高505m)に登る。山頂に「今熊神社」があり、その別当寺の「正福寺」が見えてくる。貞治3年(1364)に始まったとされる獅子舞が8月の最終日曜日に境内で行われる。

正福寺境内
上流端の標識

この今熊山は修験者の山だった。山頂の境内入り口の狛犬の台座には天狗の団扇が彫られていて痕跡が残っている。昭和17年(1942)の火事で本殿などが燃えてしまった。また、古くから「武州呼ばわり山」として名高く、行方不明者や失せ者を尋ねだすことが出来る霊験のある山として知られている。昭和20年(1945)、還らない兵の名を呼ぶ老母の話が伝わる。風土記には「江戸及び上下総州・上毛の所々より参詣の人多し」と書かれ、武蔵名勝図会にも画かれている。

山頂から五日市方面を望む
本殿
狛犬

武蔵名勝図会の今熊山 江戸時代に描かれた多摩の風景(八王子市郷土資料館編)より

遥拝殿脇の鳥居から登山道になっている。4月中旬ころには、あたり一面ミツバツツジの花に覆われ見事な景色となるそうだ。

今熊神社への登山道

山を下り、武蔵五日市に向かう。先ほどの旧道の分岐点まで戻る。大正5年に貫通した旧小峰トンネル(79.4m)を抜けて武蔵五日市駅を目指す。都立小峰公園から留原(ととはら)の交差点を過ぎれば秋川に出る、秋川橋を渡りループ状の道路を上がると駅はすぐだ。駅前のクラフトビールでのどを潤して帰る。

八王子方面からの入り口、車両通行止め
トンネル八王子方面から見る