合流地から上流へ
八王子市内を流れる川はすべて右岸側から多摩川に流れ込む。浅川の支流を奥深く遡ってみた。「幽邃(ゆうすい)の地にして四隣みな山を以て隔つ」と新編武蔵風土記稿(以下「風土記」という)に書かれた旧小津村を東西に流れる小津川(おつがわ)を歩いた。
八王子駅から「宝生寺団地」行のバスに乗り陣馬街道を約30分走る、切通しを大きく左にカーブしてバス停「団地入口」で降りる。街道をはずれ右の道に入ると「陵北大橋」が浅川に架かっている。ここは浅川、山入川、小津川の合流点が近い。
一級河川の小津川は延長が4.0㎞、入山峠(標高550m)を源とする。陵北大橋から450mほど上流の山入川に架かる「紙谷橋」付近で山入川と合流する。風土記では「石川なり常に水なし霖雨するときは水流れるもそれさえ涸れること速やかなり」と書いて、石ころだらけで雨が降り続けば水流があるがすぐに涸れると川の特徴を言っている。
渇水期に歩いたのだから当然のことで、まさに石ころだらけまったく水気がない、この先、一級河川上流端でも水を見ることが無かった。
元木小学校の裏手を川沿いに歩く、ここから先は川を離れて歩くことになる。美山通りを横切り西へ、しばらく行くと突き当たって右へ大きくカーブする小さなロータリーがある。真ん中に天明三年(1783、天明の飢饉と浅間山の大噴火の年)八月と彫られた庚申塔が置かれている。
カーブを過ぎ圏央道の下をくぐれば小津町に入る。圏央道をくぐる手前、左の坂を上ると金山神社と医王寺がある。翻訳者でもあり社会学者でもあった「きだみのる(山田吉彦)(1895~1975)」が昭和18年~40年(1943~1965)まで住んでいた場所が医王寺だ(建替えている)。
山田吉彦・林達夫訳の「ファーブル昆虫記」(岩波書店)や住んでいたこの集落を「気違い部落周游紀行」(昭和23年(1948)刊)として書いたものが知られている。「きだみのる」が紀行のなかで東京から1時間半、バス40分、徒歩15分の位置にあると書いているが、今は寺の近くを圏央道が南北に走り、砕石運搬のダンプが行き交う道路も近くにあって、山間の静けさが損なわれ随分変わったと思う。
寺に入る坂道の脇に「下原(したはら)刀鍛冶発祥の地」の碑がある。永正年間(1504~21)に大石氏の招へいにより、祖となる刀鍛冶山本但馬周重(ちかしげ)がこの地(恩方辺名)に住み鍛冶を始めたとされる。2代目から下原に移り山本姓一族が活躍したことから「下原刀」の名称がつけられた。北条、徳川の時代から明治初期にわたり「下原刀」として知られている。
小津町に入る
小津町に入ると右手に熊野神社がある。ここまで来るとダンプの往来もなく、奥まった谷間の穏やかさが感じられる。五穀豊穣や雨乞いを祈願して舞われる「小津の獅子舞」(400年ほど前から始められ、今は8月16日に一番近い日曜日に行われる)が市の無形民俗文化財に指定されている。
ここでやっと小津川と出合う、神社裏を流れる(水は無い)小津川が熊野橋と交差する、橋の歩道部分にモリアオガエルの絵が描かれている。元木小学校付近から今まで歩いてきた道は「モリアオガエルの道」と呼ばれ、平成2年(1990)8月に命名された。
付近にはギャラリーや工房などがあり今風だなと思いながら歩くと、一画に頌徳碑がたてられている。明治22年(1889)4月、下恩方村・上恩方村・西寺方村・小津村が合併して恩方村となった時の初代村長が小津村出身の井橋辨重(1847~1907)で、42歳で就任して以降18年間村長を務めた功績をたたえている。
今が盛りの梅を見ながら進むと、法心寺入り口の看板がある。右手の坂道を上り、奥まったところの階段上に本堂がある。天正10年(1582)創建の武田家にゆかりのある慈眼山法雲寺と慶長13年(1608)建立の孤圓山月心寺が明治23年(1890)に合併、各々の一字をとって法心寺となった。
ここの薬師如来は小津薬師として集落の人々に親しまれている。寺の家屋裏手に、井橋辨重の墓がある井橋家の墓地までお寺の方から案内していただいた。
原地区から入山の里へ
上流へさらに進むと道が二手に分かれる。左は小津坂を経て陣馬街道の力石に出る道、右手は小津林道に向かう道になる。右に300mほど歩くと向橋のたもとに一級河川上流端の看板が立てられている。ここから先は入山川と呼ばれている。
橋から500mほど進み、南に面するなだらかな斜面に家が建つ少し開けたところでようやく水を見た。原小津2と書かれたバス停近くだ。農園や果樹園を過ぎ、植林されたほの暗い木々を抜けるとぱっと明るくなり、目の前の釣り堀が見える。道の分岐からここまで約2㎞、この先は林道につながる。モリアオガエルの道もここで終わる。
鹿が多くなったけどカエルは少なくなったと近くで枝打ちをしていた人から聞いた。4月から7月の繁殖期には緑も濃くなり、水も豊富だろうからきっと森から出てきてくれるだろう。