狭い間口で並ぶ店の様子を「まるでハーモニカの吹き口のようだなあ」と文芸評論家の亀井勝一郎がつぶやき、これを覚えていた商店会役員たちがハーモニカ横丁と名付けたとか。
このハーモニカ横丁に入る表の道路、通称平和通りは都道「吉祥寺停車場線」で延長は172mと停車場線の中で4番目に短く都道全体でも5番目に短い。
甲武鉄道開業の10年後の明治32年(1899)12月30日に吉祥寺停車場が開設された。この駅は8名の有志(小美濃治郎吉、本橋多七、河田太左衛門、池田八右衛門、櫻井金八、安藤大助、田辺八百八、高橋亀三郎)の尽力と土地の借り受けを了承した四軒寺(月窓寺、蓮乗寺、光専寺、安養寺)、それに205名からの出資金があってできた。開設に伴って当時二本の道路もつくられ、今の平和通りとサンロードとなった。
街並み紹介雑誌などで知れ渡ったハーモニカ横丁。あ、あそこねと良く知っておられる方が多いと思うが、吉祥寺に行くと必ず立ち寄るみせ数店をちょっとご紹介。
昭和20年(1945)創業の「塚田水産」、改装前は奥でもくもくと働く職人の動きがよく見えていた。コロナ対応もあると思うが、あっちこっちのアクリル板で店の空気が伝わってこなくなったように思う。野菜、辛子、ゴボウ、ひじき、玉ねぎなどを練り込んだ揚げ物が我が家の定番、これに季節の揚げ物(シラスと桜えび)が加わる。ちょっとあぶるかレンチンで温め醤油をたらす。
隣の「小ざさ」の脇道を入ると、140年前に新宿で商売を始め、吉祥寺に来て60年ほどになる和菓子の「いせ桜」がある。優しい甘さの鹿の子と豆大福を目当てに店を覘く、よく練ってあるのだろう餡の硬さと程よい大きさが嬉しい。赤飯などおこわもお勧めだ。最近は臨時休業が多くちょっと心配になる。
乾物なら何でもある昭和5年(1930)創業の「土屋商店」、間口も広く品物が豊富に並ぶ。迷ったら聞けば丁寧に教えてくれる。昆布やかつお節、海苔、豆、胡麻などたいがいのものは揃う。昆布とふりかけのシソワカメ、いり胡麻を買った。
大賑わいの丸メンチカツ「さとう」は、青果物商があった所に昭和49年(1974)に出店なので比較的新しいお店になるのだろうか。昭和60年(1985~)代には行列もなく買いやすかったし、2つも食べればそこそこお腹が膨れるボリュームだった。最近は外装もオシャレになった。どうしても食べたいとき以外は、行列なしで買えるコロッケなどにしている。2階のステーキさとうはまだ入ったことがない。
早いスピードで街が変わって行くが、馴染みの店がいつまでもあってほしいと願っている。次の写真は中央線が高架複々線になった昭和44年(1969)以前で、1960年代の開かずの踏切があった当時の航空写真。