「第49回多摩めぐり 晩秋の奈良ばい谷戸を散策し、小野路宿の歴史を辿る」を11月24日(日)に開催します

多摩で出会った花 ~episode13~ 作家たちが愛したシロツメクサが映すもの
藤井進

シロツメクサの一群に魅かれて近づいた。花びらは軟らかく茎や葉が瑞々しい。柔肌の幼子のようだ。花や葉の元に寄った自分の靴が妙に武骨で大きく、まるでガリバーの靴のように映った。

シロツメクサ。江戸時代にオランダから長崎に入ったガラスの装飾品などの輸入品が壊れないようにシロツメクサを乾燥させて詰め草にしていたことが名の由来だという。全国にはびこり、「雑草」と邪険にされる一方、子供らの草花遊びの花の冠や髪飾り、指輪に編まれて愛されてきた。私の相手にもなってくれた草花の一つだ。堀辰雄は「麦藁帽子」で、林芙美子は「放浪記」で、三島由紀夫も「金閣寺」で、さらに太宰治も「思ひ出」で、それぞれシロツメクサの別名の苜蓿(うまごやし)とか、クローバーの名で作品に登場させて主人公らの思いや風景に深みを醸し出した身近な草花だ。

幸運を招くといわれる草花でもある。葉は卵型の3枚の小葉から成るが、たまに四つ葉がある。四つ葉のクローバーだ。見つけると、まさしく幸運を手に入れた思いだった。いま、そんな子らの喜々とした姿にお目にかからない。

柔肌感いっぱいにしっとりした花びら、葉、茎のシロツメクサ 2021/5/6 青梅市千ヶ瀬町で

花の傍でガリバーの目線を高さ10㎝ほどに落としてアリの目でシロツメクサを見つめた。群落の花たちは仲良く寄り添っているようだが、そうだろうか。互いに求めあうものは同じだから競い合っていないか。太陽の光、水、二酸化炭素、養分を奪い合っているはずだ。通りすがりの女性が「どうかされましたか」と地面にはいつくばっている私を怪しんだ。

植物全般に言えることだが、シロツメクサも一群の外輪の茎に比べて、内側のものほど平均的に背丈が高かった。背を高くして葉を広げ、光をいっぱい受けることが何よりも優先する。だが、光の量が多ければいいわけではない。その度合いと、空気中から吸収する二酸化炭素の量のバランスを保っている。二酸化炭素を吸収して光合成の原料にするために光を求め、ブドウ糖やデンプンを作っているのだ。

近年、大気中の二酸化炭素濃度が0.04%ほどに高まっているといわれる(大気500㎖のうち0.2㎖に相当)。植物は二酸化炭素が多くあれば、たくさん光合成ができる。日差しが強いだけでは生きられないのだ。
彼らは水を蒸発させる葉の気孔である穴から二酸化炭素を吸収している。水不足の時には気孔が閉まり、水分が多いときには開く。この時、蒸発作用で水分が出ていく。微妙でシステマチックに生きていることを噛み締めた。

同時に大気温がいま以上に上がれば、生育環境が変わり、背丈が延びるのか、群落をもっと広げるのか。クマバチのように北上するのか。彼ら自身の声が聞けたら何と答えようか。