西東京市にある南関東最大級の縄文遺跡「下野谷遺跡」を訪ねてみる
いつもの散歩コースから、少し道筋を変えて西東京市にある下野谷(したのや)遺跡へと歩みを進めてみた。下野谷遺跡は、私が暮らしている武蔵野市との市境に近い西東京市の東伏見地区にあり東端は練馬区と隣接してい
いつもの散歩コースから、少し道筋を変えて西東京市にある下野谷(したのや)遺跡へと歩みを進めてみた。下野谷遺跡は、私が暮らしている武蔵野市との市境に近い西東京市の東伏見地区にあり東端は練馬区と隣接してい
青梅線 昭和4年(1929)9月に開業した旧青梅電気鉄道(現JR青梅線)の二俣尾駅~御嶽駅間。この開業で立川駅~御嶽駅まで青梅線は繋がった。 二俣尾駅~御嶽駅間の二俣尾駅と隣の軍畑駅の間に平溝川が流れ
八王子市に上壱分方町(かみいちぶかたまち)、弐分方町(にぶかたまち)という町名があります。歩合、利率等の単位と思われる「壱分、弐分」が着いた町名の由来に興味があり、その町を訪ねてみようと思いました。
この地図記号が何かはすぐにわかると思います。橋ですね。ただし、国土地理院の地図記号では単に橋と呼称するのでなく、道路橋と言っています。道路橋は道の種類(幅員による区分)によって、次のようなバリエーショ
絶滅危惧Ⅱ類とされているカワラノギクを、市民の保全活動で種子散布をして毎年花を咲かせていると聞き、羽村市を訪ねてみた。それに、市内を一望できる羽村神社が多摩川の対岸にあって、市のウオーキングマップに掲
多摩地域勉強中のmaruです。 みなさんは立川駅の南口を歩いたことがありますか?そこに、ちょっと目を引く存在がいるんです。 それは、カラフルでポップな大黒さま。昔は石のままの渋い姿だったのですが、近年
三鷹市の上連雀と下連雀のように、地名が「上」と「下」に分かれている所は、多摩にどれくらいあるでしょうか?2025年6月の多摩めぐりで下保谷を訪れたのですが、その時に、上・下に分かれている地名について気
昭和43年(1968)にできた丘の上の「町田山崎団地」、ご存じの方もおられるでしょう。この高台の下の谷筋を流れる川が、鶴見川に流れ込む山崎川(延長1.5㎞)と呼ばれる川です。谷戸の奥にある「忠生公園」
吸水するアゲハとバームクーヘンの地層高尾山自然研究路の1号路を登った。いつもながら歩き始めて間もなく脚が重くなり、息が上がった。巨大な太さと見上げる高いスギが現れ始めたころ、湧き水で濡れそぼった路面に
梅雨明け前なのに猛暑が続く。そのような猛暑が一息ついた日、東大和市の散策路の一つ、歴史・遺産コースを歩いてみた。このコースは、東大和市のほぼ中央部に設けられていて、北部には狭山丘陵が控えている。立川駅
場所 青梅市吹上425番地。霞丘陵の一角、勝沼城跡歴史環境保全地域に囲まれた谷戸地を利用した自然の中にあり、周辺の歴史的資源を積極的に生かし、花ショウブを主体とした公園として整備されており多くの市民
古甲州道は戦国時代以前、武蔵府中(現府中市)と甲斐府中(現甲府市)を結んだ街道です。 武蔵府中を出ると、日野万願寺付近の石田の渡しで多摩川を渡り、戸吹から秋川筋へ入り檜原村浅間尾根を経て大菩薩峠を越え
以前このブログにおいて、「多摩の最奥」(2021.3.22)というタイトルで、多摩のエリア内に含まれる円で最大のものを考えました。 今回は、その逆に、多摩全域をすっぽり含む円で最小のものを考えてみます
三鷹市内で国分寺崖線の谷、と言ってもなかなか思いつかないが、天文台通りと聞けば思い浮かべるだろうか。大沢の谷と言って、今は都道(123号・境調布線)が西調布駅近くの旧甲州街道から北へ、東西方向にある東
わが家から自転車に乗って15分ほどでヒノトントンZOO(羽村市動物公園。羽村市羽)に着いた。昭和53年(1978)5月に当時、全国初の町営動物公園として開園して話題になった。以来47年。大型動物である