立川段丘の南の縁いわゆる崖線は、青梅から立川、府中と続き調布と狛江の市境あたりまで続いて延長約40㎞です。東の端、調布市内では布田崖線と呼んでいて、この崖地にできたハケ道と坂を歩いてみた。

京王線飛田給駅から南へ、突き当たりの品川通りを右へ府中市との市境まで行く。調布市がハケ道として調査報告した西端から歩き始める。階段(地図の番号①)を下り、200mほど行きハケ上への階段を上る。ハケ道はあまり長くないものの、この辺りは上石原桜塚と呼ばれ、13基の古墳の存在が考えられています。市内でも墳丘が残る数少ない古墳の桜塚1号墳があるというので行ってみた。私有地に囲まれた敷地内にお堂が上にある小山を覗き見た写真がこれです。(郷土博物館に問い合わせ間違いなかった)また、7世紀中ごろの横穴式石室の基底部が発見された桜塚10号墳を記念して、石碑が社宅入口にあったので訪ねてみた。古のひとは、高台にあり見通しのよい場所を選んだのだろうか。
押立坂(番号②)を下り、途中を左上の戸建て住宅が並ぶ道を進む、中央高速道路をくぐって水車坂(番号③)に向かう、横切って住宅街を調布第三小学校まで歩く。
わきを流れるのは根堀川(府中用水)深さ2.4mのコンクリート護岸で湧水が流れ灌漑用だったとは思えない。
府中用水は現在の通称で正式には「調布市公共下水道調布幹線」という。府中市域最大の、江戸時代の七ヶ村用水の系譜を引く府中用水とは全く関係がなく、—
「調布の古道・坂道・水路・橋」調布市教育委員会 抜粋
学校から先は途切れているので、階段を「凸凹児童公園」へ下りる、幼子を遊ばせる格好の広場となっている。崖下の緑地が見られるなど家族でのんびり過ごすにはいい場所だ。また、長瀞川との合流部にもなっている。
上石原村の鎮守若宮八幡神社は、八幡坂(番号④)を上がってハケ上のある。近藤勇の生家(宮川家)も氏子であり、近藤勇とも縁がある神社だ。本殿は調布市の建造物有形文化財指定第1号となっている。幣束収納箱の蓋裏に文化4年(1807)棟梁入間郡中藤村の杉田石見頭政永・同喜兵衛と墨書きがあり再建年代などが分かった。精緻な彫刻が一面に施されている。(覆堂があり中が見えない)
神社の裏手を回って、上の坂(番号⑤)の取り付け部からハケ道に戻る。調布病院あたりの中の坂(番号⑥))を過ぎて鶴川街道の石原橋付近を横断する。
この辺りは緑が残っていて椿の生け垣などがあり、斜面には雑木林も見られて昔はこうだったんだろうなと想像させる。緩やかな下の坂(番号⑦)をおりる。
先ほど見た雑木林の下が「いなり児童遊園」で、根堀川に沿った緑地は貴重だ。開発の手が入った中で、残った自然が見られてほっとした一日だった。

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